ある小説集より。
「頑張れ!セルフビルダー」からの抜粋
・・・・・・・そもそも、熊田を知ったのは、私が貧乏学生だった頃、新宿歌舞伎町のゴールデン街にある、「ダークホース」という、小さなスナック酒場にあてどもなくフラッと立ち寄ったからである。最初に出会ったときの彼は、弟子と称する、二人のプロレスラーのような髭面の大男を従えて飲んでいた。
彼は、酒で顔を真っ赤にさせながら、そこでいきなり、「建築は、やってみなくちゃあわからんが、自分を信ずれば思わぬ発見がある・・・体を使うほど頭の機転が利くようになるし、物を大事にするようになるもんだ・・・なあ、そうだろう・・・・」とばかりに、酒がまわって機嫌のいい二人の山のような男達を促しては、私の顔に向かってビュンビュンと唾を飛ばしたのである。
私は熊田に対して、最初のうちこそ、いつもへべれけでなにやら胡散臭い、眉間じわの目立つ男だと思って余り信用していなかった。いかんせん当時は学生の身の上だから、いままで見たことのない人間達には警戒せざるを得なかったのだ。
だが、幾度となくこの熊田トリオにハシゴ酒に誘われたり、彼の事務所のまわりに散らばる、彼が関わった幾つかの低層の建物を見学させてもらう裡、しだい次第に私の熊田に対する見方が変わっていった。良く聞けば言うこともまんざらじゃないし、気が利かないようでいて、まわりにもちゃあんと配慮してるじゃあないかと思うようになったからである。
そんな訳で、最初の疑わしいイメージが薄れるとともに、そのうち熊田と親しく言葉を交わすようになった。・・・・・・・・つづく
