今日は、朝から庭木の剪定をしてから墓参りをして
、このブログにとりかかった次第。
中央高速道路は、東名高速道路の上り車線が
不通のため、相模湖あたりでたいへんな混雑模様。
義理の父が、車で東京方面へ用事で出掛けたが、
さて、はてどうなったことやら・・・
私の小説集より~
頑張れ!セルフビルダー
しかし、美代子のような女は何故か冷静だった。いきなり、激高する隣人に詫びるのも策がないと思ったのであろう、三つ数え終わってから暫くして、怒鳴り声が納まって来たのを見計らって、しずしずと老人の面前に進み出たのである。
そして、怒れるその老人をなだめ透かすように、ゆっくりと落ち着いた調子で言った。
「すみません、この人はあなたに怒られるのが恐くて・・・さっきから物陰でガタガタ震えております、あなたの家を壊したショックで頭がおかしくなってしまいました、ですからどうか、この私に免じてお許し下さい。この人が壊してしまった所の修繕代は、必ず私がお支払いいたしますから・・・」
老人は、予想に反したこういうソフトな言葉に一瞬気持を和らげた。それまで頭からつま先まで怒りで燃え上がっていた炎が、うそのように弱まったのに驚いたくらいだ。
昨年妻を亡くしたせいかどうかは分からないが、孤独暮らしから社会の矢面に舞い戻った気負いのような喜びすら感じたのである。
いずれにしろ、こうして女は老人の家の壊れ状況をつぶさに調べることができたのは好運だった。
お陰で修繕費を算出することが出来、老人と交渉に持ち込めるであろうと思われたが、そうは言っても、修繕費が出たところでこの老人の満足に叶うかどうか、それが明らかになったわけではなかった。
どうやら老人は、熊田を必死で庇うシャキッとした女の態度が気に入ったらしいが、これは美代子のような女にのみ一瞬、心を開いただけであって、壊した張本人の熊田に対する威圧は消えるどころか、かえってますます鋭く差し込んでゆくのだった。
熊田はと言えば、すっかりへたりこんで動けないし、彼のわなわな震える開きっぱなしの口からは、あわぶくのような汚物が垂れ流しになっていた。
言葉が出てくる訳でもなく、私の顔を弱々しい光の失せた目で、すがるように見つめるや、目からは涙がこぼれ落ち始めた。その涙は、作業用のジャンパーのえりぐちをびしょびしょに濡らした。
それを見た私は、こういう場合には、どうしたらいいものか暫く考えたが、それから一計を案じた。
ここまで派手に壊しちまったんなら、いっそうのこと、私の会社のモデルハウスかなにかに建て替えてみるか、しかし、それはいいが、隣の家を無断で処分する訳にもいかんし、あの年寄りは執念深そうだし、さてはてどうするか・・・などと思案している所で眼が覚めた。
ああ、夢でよかったと思った。
しかし、その後、私が見た夢のようなアブナイ事は何も起こらなかったし、熊田は、このレストランビルを、何事もなかったかのように完成させた。
彼には、何時のまにやら再びセルフビルダーの自信が蘇っていた。
つづく・・・・・
