きょうは朝から秋晴れの良い天気です。
こういう日は、運動会とかいろんな行事が
ありそうですが、皆様の所はいかがでしょう。
洗濯物に布団干しにピクニック・・・・。
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私の小説・戦う住宅より・・・頑張れ!セルフビルダー~
「セルフビルダーへの想い」・・・続きから~
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例えば、最近はやりの角ログハウス(角材を横に重ねて壁にする工法)の場合。
これは角材をひたすら積み上げていく家の工法である。
こういう建物の場合は、壁の水平、垂直を見たり、あるいは強度を考えたり、柱にほぞを掘ったりという作業が主体だ。やろうと思えば脱サラまで飛躍しなくても日曜大工でもできそうだ。
それでも最初の慣れない裡は、床を踏み抜いたり、足場が崩れちゃったり・・・というような危ないこともあるだろうが、苦労した末に完成させてみれば、出来合いの家を買った人には決して味わうことの出来ない、言いしれぬ満足感に浸る事が出来るやもしれない。
ちなみに、セルフビルダーといえば、十九世紀の終わり頃、フランス南部の片田舎であるドローム県オートリーブにシュヴァルの理想宮(Palais idéal)を建てた郵便配達夫、フェルディナン・シュヴァル(Ferdinand Cheval)やカリフォルニア州ロサンゼルスのワッツ地区にワッツ・タワー(en:Watts Towers)を建てたサイモン・ロディア(Simon Rodia)というような人がいる。この人達は石や鉄で家を建てることにこだわっている。
何れにしろ、どんな建築物を作るかはセルフビルダーの自由。そうかといって、環境に配慮せず、基本的なルールも視野に入れなければ孫悟空のようなタガをはめられる。仮にも知らない、知ろうとしないと言うことは避けたい。
つまり、セルフビルダーの気楽さと危うさは背中合わせだし、他人の建築を扱わない分、自前の建物への瑕疵(損害)の保証がないから注意を要するのである。
しかしながら、セルフビルドには、メーカーやフランチャイズ(特定技術の工場生産方式を受け入れれば、マニュアル通り家が出来るので、工務店などを傘下に売れ行きを伸ばす、資本力旺盛なチェーン店など)に与しない、フリーランスな強み=独立性があるのが嬉しい。
それゆえ、在来、外来の技術をつなぎ合わせ、再構築するバロメーターの役割を期待できる。これは、どんな技術でも良いところは取り入れるという、時代の潮流にも沿う。しかもセルフビルダーの多様な発想力は何と言っても捨てがたい。
これは良識のある「知性派ビルダー」に限ったことだが、彼らの発想の柔らかさこそは、没個性へのシフトを強める現代社会において実に貴重だ。
今こそこういう多様な宝の山を社会の為に役立てて欲しい。いやはや、これは持ち上げすぎだろうか・・・・
余力をかって言わせていただくなら、コピー住宅の氾濫と没地域性という日本のこの「困った風景」に、「我が町のビルダー」の一員としての人間的、建設的、文化的な民意の一石を投じ波紋を広げてもらいたいのだ。
つづく・・・
