先日、20世紀少年という映画を見た。
この映画はある子供の過去を基軸にした構成で、
その子供がそのまま大人になって、世界征服
のようなことを目論む展開になっていた。
しかし、そんな目論見は外れ、人類は救われ平和は
保たれる?のだが・・・あくまでも詰めの甘い視点は、
やはり子供向けの目だからというところか・・・
要するに漫画が映画になったわけだが、(漫画の)
原作?の意図がそのまま映画に乗り移ったというよう
な印象だ。
考えてみれば、男子というものはいつまでたっても
子供のようなところがあり、それが時々思い出したよ
うに顔を覗かせる場合が・・・いいか悪いかはさておき・・・
とまれ、子供心を忘れないで生きるというのも、夢多
い人間にとっては捨てがたい・・・しかし、果たして世の
中そう上手く行くものかどうか・・・
友人も長続きすれば、自分の歴史そのものだから、
もしや子供時代からの友人なら、それこそ宝のような
ものではないか。
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私の小説・戦う住宅より・・
彫刻家のアトリエとすまい・・・・ある彫刻家の決意
この話は、今から三十年前くらいの出雲が舞台で、主人公の彫刻家、錦織正三のアトリエとすみかの織りなす時代を超えた変遷について述べている。
すみかは歴史の流れに恭順するかのごとく、その目的を変えて人々と共に生き続けることがある。
当時、私は島根の片田舎の役場で働いていたが、このことについては後述する。
その頃の記憶によれば、樹齢百年以上の松並木が続く出雲大社参道の脇道沿いに、この彫刻家の親子は住んでいた。
彼は、母親と二人だけの慎ましい暮らしであった。家業の骨董店には興味が無く母親に任せっきりで、朝から晩まで殆ど一日中アトリエに籠もりっぱなしの毎日だった。
そもそも私がこの彫刻家と知り合いになったのは、松江で開催された彼の彫刻展を見に行ってからだ。その時は、客が少ないのをいいことに、錦織を独り占めにして話し込んだ記憶が残る。
私は、物心がついた頃から彫刻には興味があり、美術館巡りは趣味のようなものだったので、新聞で彼の彫刻展の案内を見てからは、開催日までが待ち遠しかったくらいだ。
正三の個展には、十体ほどの裸体像や数点のスケッチが出品されていたが、どの作品も期待通りの力作で、対象の人物が今にも内面から滲み出て来そうな見応えのあるものばかりだった。
島根で生まれ育ち、今から四十年くらい前に東京の大学に学んだ私は、大学では小泉八雲の小説・・・登場する幽霊と背景としての家など・・・の研究をしていた。
ちょうどその頃、松江城の内堀に面した、小泉八雲記念館近くの生家=工務店が倒産してしまい、父はその時の心労がもとで他界した。
母は既に亡く、兄弟はない。私は大学を辞め生家の整理のため故郷に戻った。父が所有していた土地の大半は債務返済に充てられ、生家だけがかろうじて残ったが、再び上京する気にはなれず、ひとまず故郷の町役場に入った。
役場では観光課というところで、観光PR用のパンフレットの作成に励んだ。
当時は、出雲空港が開港したばかりだったが、なぜか閑古鳥が鳴いていた。
そこで、空港のまわりの市町村では、このままではしゃれにもならないと思ったかどうか知れないが、せっかくの空港の恩恵を生かそうと、近在の観光地からの連絡道路を空港への幹線道路に接続させ、さらにこれに併せてそれらの町の再開発もやろうと目論んでいた。
つづく・・・
