良い建築を作りたい・・・
そのお手伝いをしたい・・・常々そう思っています。
住みやすい住宅にするには、まず、より効率的な収納スペースを
確保すること。収納スペースは家のなかを片付け、空間を快適に
開放します。
また気に入った家具を置けば、自分の家という感覚がより一層
深まります。
写真は10月17日の新宿ACTUSセミナーに使わせていただいた
本棚を中心にした収納の様子です。
17日のセミナーでは、家具についてのお話しをしました。
本箱の両脇には机が置かれていますが、これらは、使う人によっ
てそれぞれ別の目的を果たしています。
右側の机は縫い物などの家事に使われ、左側の机は、書斎とし
て或いはパソコンルームとして多目的に使われています。
本棚や収納の位置は固定されたモノではなく、そこが玄関であれ、
廊下であれ、間仕切りであれ、空いたスペースに積極的に配置する
のが効率的です。(ビルトインの家具ならいっそう物の整理が捗ります。)
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私の小説・戦う住宅より
彫刻家のアトリエとすまい
・・・・ある彫刻家の決意~
だが、私は、後に世界遺産で有名になった、石見銀山や大森の町並みのような、ありのままの姿が島根の誇りだと思い、むやみに過疎の町を破壊するのに反対だった。
要するに目先の観光客目当ては絵に描いた餅、税金の無駄使い、そして、仮に観光ブームを演出しても、必ず廃れるのがオチだと決めつけた。それに観光をダシにした、役人と業者の蜜月な空気が蔓延(はびこ)するのも嫌だった。
私はある日、町の土木部の連中とトラブルを起こし、窓際の閑職に追われた。役場内で有志を募り、道路建設反対をあからさまにやったのが災いした。
しかし、窓際にへばりついていると、いつしか「いっそ東京で何か物を作り残す仕事がしたい。」という突き上げるような渇望が芽生え始め、それが日増しに体内に広がり占領した。それで、錦織と知り合ってから数年後に役場をやめて東京に出た。その後の話は、第二話以降に詳しい。
さて、彫刻家の錦織正三の住む辺りは、出雲大社の祭の日には、大勢の氏子や見物客でごった返すことはつとに知られている。
祭りのない日でも年中、全国からの参拝客や町内外の人の往来があるこの通りには、地場の土産物屋などが軒を連ね、その軒先には、色とりどりの暖簾や看板が満ちあふれている。
ちなみに、大社への参拝客は年間三百五十万人だとか。農業や福の神として知られる大国主命が祀られ、縁結びの神様がいるとも言われる大社の大注連縄は、約一、五トンあるという。
正三は、かねてよりアトリエと住まいの計画を立てていた。なにぶん建築には素人で何ら専門知識を持たず、それをまた誰に相談していいか思い悩んでいた。
近くの建設会社に行くのも億劫、設計の専門家を知る術もなかった。
だがある時、少々不安はあったものの、思いきって知人で画家の木下諒一という男に相談した。
そのことについては後述するが、木下は、錦織の話を聞くと、すぐに友人の井上望という建築家を紹介した。井上は木下とは同い年で昔からの飲み仲間だった。
彼は住宅の設計や民家の再生を手がけ、毎年、スペインやイタリアの地中海沿岸の集落を訪ねては現地の人達と交流を深めていた。
つづく・・・・
