照光寺で開催中の右近さんの作陶展で花さしを
買いました。
茶色の絵模様がいろいろ見える楽しい買い物を
しました。
早速、白式部を飾って見ました。
いかがでしょうか。
庭のドーダンツツジが真っ赤に色づいていました。
この2~3日、秋が深まっている気配が感じられ
ます。
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私の小説・戦う住宅より
ある彫刻家の決意~
理想の住まいとの戦い
ここで、画家の木下について・・・
彼は、絵を描くのは一年の半分で、あとは殆どが撮影旅行であった。家を妻の浪江に任せ、有り金つかんで行く先は、アメリカ南部のサンアントニオやカリブ海の島々だった。
ロスアンジェルスには、若い女流カメラマンがいて、いつも木下の世話を焼いてくれたので、気をよくしていたが、それでも旅先から、はっと思いだしては妻に絵はがきを出した。
それは、限りなく細く伸びきった危うい絆だったが、ある時、実家に帰ると、ガラーンとした居間に、妻の「下関の実家に戻ります、さようなら」という書き置きがあるだけだった。木下は、あっけなく捨てられたのである。
さて、この大社の大鳥居を潜り、寂れた参道から小路を東に十数㍍入った所には、「ひろこ」という、黒い板塀の、古めいた小さな居酒屋があった。
おおよそ奥行きが三間で、そこは、木下や井上を交えた、この辺に住む常連の溜まり場だった。油煙で薄汚れた店内の黒ずんだ棚には、島根の純米酒やウィスキー瓶が並んでいた。
正三もたまにはここを訪れたが、木下や井上と顔を合わせることは殆どなかった。
正三は酒場の雰囲気は好きだが、暇を持てあましている常連に混じって飲むのも、近所のたわいもない話に引きずり込まれるのも苦手だった。
ただ、店のママには惹かれるところがあった。
つづく・・・
