信州の建築家ノート

今日は朝の気温が氷点下だった。
干し物を干すにも凍ってしまう
季節がいよいよやってきた。

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私の小説・戦う住宅より~

 彫刻家の決意~

・・・正三と木下の関係・・・
 
 それは初夏の緑が初々しい季節だった。井上の事務所を訪ねたのは、スラッとした細身のYだった。Yは井上の友人の建築家だ。彼は、いつもの窓際のお気に入りの深椅子に座るや、
 「錦織さんとは、上手くやってる?」と窓辺の青々とした木々からこぼれ落ちる日差しを背に、出し抜けに聞いた。

 井上は前触れもなく話が正三に及んだので一瞬とまどったが、

 「ああ、彼は先日僕の所に来た、たぶん画家の木下に堰かされてね・・・話は家の建て替えだったが、殆ど喋らないしヘンだったんで、あとで木下に聞いたら、「ほほう、錦織のやつよくもまあ君に会いに行ったな、さぞかし僕のことを怒ってたろう。」って言ってた。

 木下は錦織の興味の目先を建築の設計や模型なんかに向けさせて置けば、なくした作品の事なんかすぐに忘れるに相違ない、とでも思ってるんだから・・・木下は目ざといから、錦織の性格を見超して、きっとカムフラージュのつもりで僕に会わせたのさ。」と井上は言った。 

 「そりゃあきっと、錦織さんは怒ってたっていうより、惑わされたんじゃないのか?それにしても木下さんは人を食ったような妙な人だなあ」
 
 「そう、木下は、他人の作品をありったけこき下ろす。まあ、それはそれでいいんだが、画商気取りで、ブローカーまがいに人の作品に手を出すから面倒になる。
 しかし、錦織はそれでも木下を頼りにしてるんだ、どこかけなげなんだよ彼は・・・親父さんを亡くしてから特にねえ・・・あの時もなにか胸につっかえとったから気にはなったんだが、それにしても、そのあとの錦織の断りの電話が、余りにも早くて驚いたよ」と言った。

 「ええ?・・何とまあ、そうだったの・・・しかし、それは君が原因じゃあないな、たぶんそれには何か他に理由があったんだろう」

 「そうなんだ、実は、木下ったら、作品をなくした上に、売り上げまで借金のカタに取られたらしい、それは後になって分かったんだが、そういうことをやってたから、仕舞いには錦織の怒りに火が付いちゃったんだよ・・・

 白紙にしたいっていうポーズを見せたのも、これはいわば逆襲の狼煙のようなモンなんだ。錦織にとってみればこんな調子で木下を放っておいたら、何をしでかすか分からんから、建築は後回しにしてでも、一発、木下を気が済むまで糾弾したかったんだろう」と、井上は床に映る木立の影を見ながらつぶやくように言った。

 窓の外は、黒松やイチイなどの常緑樹の林で、日差しを遮るくらい低く垂れ込んだ枝が縦横に入り組んで深い影を落としていた・・・
 
 私は、正三と井上のやりとりについては、おおよそ正三からのセピアインクでしたためられた丁寧な手紙で知った。
 
 また、木下の絵については、それはあたかも風や水のような現象をモチーフにした抽象画で、花園のようでもあり、珊瑚の海や虹の幻想のようにも見える色鮮やかなものだと聞いていた。

 だが、その時は木下の絵を見ていないにも関わらず、私の空想は勝手にどんどん膨らみ、「何ができるかって・・そりゃあ、やってみなけりゃわからない。」という木下の作品を直ぐにでも見たいという欲望が、渦を巻いて吹き上げてくるのを感じていた。

 正三には、木下の作風は自由で奔放だと映る。これは確かなことだ。だが、正三の作品を無くしたり勝手に売ろうという独断は、名状し難い裏切り行為と捉えられる。だからといって正三は、木下に対し実力行使に訴える訳でもない。私は、もしやこの静謐さは寡黙な出雲の血の為せる技かもしれないと思った。

 正三は、殆ど毎日が粘土を針金の芯に盛り上げては壊すという、いわば創造と挫折の繰り返しだった。これは、その時の対象への感じ方がいつも異なり、過去を消去したり、あるいは零にしなければそこには何も生じないからなのだろうか・・・

 彼は、暗黒の中にかすかに見えては消える形を、無垢なる手と純真に漂白された頭脳で自分のスタイルに結びつけようとするのだが、それも思うに叶わず自信が見いだせないばかりにただ暗澹(あんたん)としていたのである。
 
 正三と私は、松江の個展以来文通していて、互いに心の内を文に吐露していた。彼とは殆ど歳の差がないせいか、どこか気心が通ずる仲になっていた。


   つづく・・・

 

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