可動ハシゴというのも便利なモノです。
普段は壁にぺったりで、使うときは斜
めに引き出して使う。

ディテールは簡単。普段は写真の最下段の丸いフックを
上部の柱から手前に突き出た、そで木のあごのへこみに
引っかけておくだけです。使うときは、最上部の丸い
フックを同じようにそで木のあごにかけます。
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私の小説・戦う住宅より~
彫刻家の決意~
・・それは正三の個展から数年後の、ある晩秋の土曜の夕暮れ時であった・・・
私は、ふと思い立ち、観光客が去り閑散とした脇道筋にある正三の家を訪ねた。その時は、手紙の文面にも記されていた正三と木下の葛藤が、もっと危うくなっていはしないかと思い気をもんでいたからだ。それに木下の絵を見たい気持も強かった。
だが出雲に来た目的は他にもあった。それは、出雲大社の大鳥居から、松並木の参道までの参拝者を増やし、もともとそこにあった賑やかな商店街を復活し、ここに潜在する活気を生み出したいという想いだった。その為にはまず二、三日ここに留まり、現状を把握し分析することであった。
私は、正三の鉄のフレームが露出した仮設のような古びたアトリエに通されると、
「錦織さん、あなたからの手紙は拝見してましたが、元気そうでなによりじゃない・・・」と言い、しばらくの間、
「ほほう、いろいろやってますねえ・・・」などと口にしながら、制作中の作品が並ぶアトリエのぐるりを眺めまわった。
そして、
「そういえば、頂いた手紙には木下さんに振り回されてるって書いてあったみたいだけど、このごろどうなの?なんだか気になったもんでね」と、挨拶も早々に木下との間合いを探りにかかった。
正三は私の訪問に心を良くしたのか、最初はそのことに触れず、
「どうも、まあ、遠い所まで足を運んでいただいて恐縮です・・手紙もいいですが、こうして会えるのも嬉しいモンですね、ええと、松江からだと車で一時間くらいかな・・」と言い、沸いたばかりの熱いコーヒーを入れてくれた。
私がコーヒーを頂戴しようと手を伸ばすと、正三はすぐに思い出したように、
「さて・・・その話なんですが・・実は先日の手紙にも書きましたが、木下さんのああいう・・アンフォルメルな・・というか、こだわらない表現には興味はあるし、見聞の広さやスケッチの多さにも尊敬を払ってるんです・・・
ただ、これは芸術とは関係ないが・・・木下さんには、なにか得体のしれないところがある・・・
それが彼の貧乏暮らしのはけ口か社会貢献かなにかだとしても、僕はなんだか知らない場所で自分の作品が勝手に利用されてるみたいで・・・何を考えているんだか分からない所がどうも気になるんだ」と眉間にしわを寄せて言った。
それから後、正三が一息ついたので、私は、
「そうですか、最近では木下さん、どこへ作品を持って行ったんですか」と聞いてみた。
すると、正三は白いペンキがはげ、錆が出たアトリエの天井の継ぎ目のような所を見上げながら、
「あれは、たしか広島にある中国産の食品輸入会社で、ええと・・・」と、その名前を思い出そうとして間があいた。だが、彼は、そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、
「だいたい誰があんな胡散臭い会社に持ってくもんねか、僕に断りも無しに。彫刻ってそういうもんじゃないだろが・・・自分勝手も度が過ぎるんだあの人は・・・そもそも何を考えてるかワカランところが、じれったい・・・」と今度は窓の外をにらんで興奮し出した。
「ほう、中国産の食品の会社かあ、そう、でも木下さんはあなたの作品を認めてるんですよ、何とかして世に売り出そうとしているんですよ」
「それは僕にも分からないわけじゃあないが、作品を売り込むとかなんとか言って・・・どういうつもりか知らんが、その先がいつもはっきりしない闇の中だから困る・・・
それでも僕は、作品のことは後回しにして、家のことを木下さんに相談したら、話もよく聞かんで、そこへ行って見ろ、行って見ろってしつこく井上さんを薦めるんで、ちょっと迷ったけども訪ねてみようかって・・僕は知らんかったが、建築の設計ってナイーブでおべたわ(驚きました)」と正三はまた冷静な表情に戻った。
私はこの時正三と話をしてみて、彼が木下を思っていた程に毛嫌いせず、そんなに遠ざけてもいないと感じ寧ろ安堵した。その訳は、私がそのあとで初めて木下の作品を見、そこに強い印象を持ったからだった。
たしかその話のあと、正三の家の庭隅にある大きな古いレンガの倉庫の木の扉を開けてもらって、恐る恐る中を覗いてみた。そこはかなり暗かったし、骨董のような物がぎっしり詰まっていて埃だらけだった。手紙には、たぶん庭の隅の気になる倉庫だと書いてあったが、ここがその場所だったのかと合点がいった。
それから、その日は正三に導かれて木下のアトリエを訪ねた。木下はそこにいたが、あたかも崩れ落ちそうな危なげな深い井戸に導かれるように、強い酒をあおっていた。
我々に何か話しかけようとしたのだが、青白い顔の窪んだ目がうつろで、殆どろれつが回らなかった。彼が何を言おうとしているのか、私にはよく理解できなかった。木下はどこか体を病んでいるようだった。
しかし、アトリエで目にした木下の絵は、それとはうらはらに、いままで数十年にわたり地球の各地に足を運び、心に焼き付けた世界の風景の織りなす、色彩の移ろいや印象が根幹になっているせいか、どこか吸い込まれそうな力強い説得力を持っていた。
正三の言っていた意味が、私には瞬時に理解できた。私はこの絵を見てショックを受け、無意識に張り巡らされていた緊張の糸が解け、自分の気負いのようなものがサーと癒されていくのを感じた。そしてまた、この大きな色彩の広がりが、この場所ではなくもっとどこか衆目の存する公の場にでも掲げられないものかと思った。
つづく・・・
