2011年08月 アーカイブ

2011年08月01日


朝日新聞・ニッポン前へ提言論文最優秀賞を読む


ニッポン前へ提言論文最優秀賞を読んだ

朝日新聞・ニッポン前へ提言論文最優秀賞の佐藤さんは、水俣病を引き起こしたチッソ水俣工場のある水俣市に生まれたという。

高齢化と孤独死は、東日本大震災前からの日本の根源的な問題だが、地方ではこれに過疎化がからみ、地域の繋がりをもたらすコミュニケーションの弱体化も徐々に進みつつあったのではなかろうか。これは紛れもない事実であろう。

したがって、地方の農村の過疎化社会の行く末が、図らずも今回の大震災で前倒しになったという佐藤氏の論にもうなずける。

農村社会を再構築するという立場で考えるなら、あくまで自然の破壊力に抗して生きるか、或いは自然に逆らうことをやめ、今まで生きてきた小社会に別れを告げ、いっそ別の場所に安全社会を再構築するかというのも選択肢だ。しかし、未来ある世代には魅力であり理想であっても、よくよく考えてみれば過去を生きた高齢者には酷な話だ。

日本国中に視界を広げ、適当な空き家を見つけて移り住み、そこで地域の人々に溶け込んで再出発するかというような選択もたしかにある。しかし、これはこれでそれぞれに事情がからみ一筋縄ではいかないが、仮にもそこが過疎の進んだ地域ならば、若い人ほど歓迎されるだろう。

確かなことは、後世に再び辛苦をもたらすような地域社会のあり方には誰しもが賛成できないということ。そんなことをしたら子孫が可哀想というより国が滅びかねない。だから個々の思いや望郷の気持とはどこかで決別せざるをえないかも知れず、心の中では災禍はもうコリゴリだ、国の未来のためならという場面も想定される。

生まれた場所に見切りを付けるのは切ないが、いつまでも感傷にばかり浸っていたら先が見えない。放射能という人為を越えた魔物が降り注ぐ限り、そこに住まうことは難しいからだ。

今回の大震災のもたらしたものは、そこに住んでいた人々を支えた人も家も心も何もかもが失われたという現実。だから、震災と言うよりも戦争に匹敵するという氏の論理も分からないでもない。

私は学生時代を長野県の寮で過ごした。学生寮も社員寮も同じ様なものであろうが、幸いなことにどちらにもそれぞれの暮らしを尊重しながらコミュニケーションがとれる食堂やホールという共有空間があるのが救いだ。

これを拡大解釈し、多数の家族がこうした共同住宅に住むということで各々の身が守られ、いざという時には助けを求めることもできるという提案には賛成だ。そこには理屈では解決できない問題もあろうが、これからの復興ビジョンとしてはまんざらでもないような気がするからだ。

2011年08月05日


入道雲


8月と言えばまさに夏の盛り。信州では、
昼過ぎにでもなれば、山の上には至る所に
大きな入道雲がムクムクと成長し始めるの
が観察される。

これが次第に天高く盛り上がって、夕方になると
耳をつんざく落雷とともに突然の夕立を呼び込む。

これこそ信州の夏の風物詩だろう。暑い昼間の
暑気を打ち払い、雲間にゴロゴロと鳴り始めやがて
激しい夕立がくると、あたりには涼しげな風が吹く
というアンバイである。

DSC02898.JPG

2011年08月09日


長崎の災禍と原発


原爆と原発は同根だ。どちらも人間の制御が利かなかった
ばかりの悲劇だ。

制御する人間がいなければ、このような結果をもたらす。

核エネルギーの平和利用など、断じてあり得ない。
廃棄物の処理方法さえ確立できていないという
のに、原発推進当事者は何をかいわんだ。

今後は核廃棄物の処理方法の開発でも進めて、諸外国に
技術供与したらどうだろう。原発を無くすためには、
あらゆる核物質の後始末の技術開発が必要であろう。

要するに、原発廃止はいいが、原発廃止の課程において
は、人類への被害を最小限に抑える安全技術をいかに確立
するかが肝心ではないのか。

今日は長崎が被爆した日だ。これはナチスが起こした
ホロコースト以上の罪だ。

2011年08月16日


アメシロ退治


毎日アメシロの退治である。彼等はなかなかの厄介者
だ。
アメリカシロヒトリは、柿、梅、白樺、ハナミズキ、
バラ、オオデマリ、シロシキブ、桑、カイドウなどの
木のどこかに卵を産み付ける。

果樹が狙われやすいのも事実。かってサクランボや
クルミの木があったが、アメシロのお陰で枯れてしま
った。

葉に生み付けられる卵の数は、いちどに数100個く
らいだから、狙われた木は、たまったモノではない。

卵はたちまちのうちに毛虫に変わり、猛威をふるう。

放っておけば、その食慾によってたちどころに葉が
なくなり、さむざむとした幹や枝がのこるだけである。

成虫は、ほぼ純白で2㎝程度ながら、繁殖力は圧倒的で
越冬もするし、どこから飛来するかも分からないので
退治するにも手に負えないのが現状である。

殺虫剤もためしたが、余りの来襲にこちらの体が持た
ない。殺虫剤の毒でやられてどうするというのか・・

いやはや、庭の木を枯らさないようにするのも容易で
はない。

2011年08月20日


復興に現代版「長屋」は妙案


新聞によれば、年寄りから若い世帯まで一同に
同じ屋根の下で暮らす現代版の「長屋」が注目されて
いるという。

この「長屋」には、手助けしてくれる生活援助員がいて、
どんな人でも入居できるという仕組みだ。さらには就労
支援もしてくれるのはなによりも嬉しい。

ここには食事会などが出来る共用スペースがあり、合
わせて福祉サービスをするための世話役のスペースも
ある。もちろんエレベーターも完備だ。

こうした施設は、言わば社会から隔絶された老人だけ
の施設のような息苦しさが無く、互いに助け合うという
昔ながらの生活の自由さや暖かさがある。

しかも地域に開かれるているから、地域住民との交流や
情報交換が出来、暮らす人々にとってみれば、そうした
様々な刺激が心地いいだろうと思う。

誰でも好きなときに互いに自由にいろんな交流が出来る
から、いわば震災のあとに急ごしらえで作られた仮設
住宅のような不具合が少ないのではなかろうか。

仮設住宅では孤独に陥りやすく、せっかくの余生を楽し
む余裕など生まれようもない。話し相手すら見つからな
い。ましてや就労や生活物資の確保も難しい。

これからはこうした現代版の「長屋」に注目、これを活
用し、必要に応じて必要な場所に展開するような取り組
みをしたいモノだと思う。

2011年08月22日


岡谷市・照光寺の宮坂宥明氏の仕事


長野市の善光寺の南西隣にある西方寺に行きました。

ここは、昨年10月にチベットのダライ・ラマ法王が
立ち寄った寺で、そこで阿弥陀尊像の開眼と落慶法要が
行われ、尊像のあるこの御堂には、ダライ・ラマ法王
により「二尊極楽堂」と命名されました。

仏像の作成は、主にチベットの大仏師ケサン・ロドェ
さんがあたり、友人の長野県岡谷市の仏画師の宮坂宥明氏
も彼の師匠とともに仏像と仏画、天井画の制作にあた
りました。

この仏像は、粘土を素材にして造る塑像(そぞう)で、
日本では奈良時代に多く造られました。粘土の単体で
は壊れやすいので、和紙や砂、綿を混ぜて強度を出し
ています。

もちろん、原型は木で骨組みを作り、それにワラ縄を巻
き付けた上に、粒子の荒い土から細かい粒子の土へと
順々に盛り上げてゆき、いろいろなへらを使って造型し
てゆくというものです。


DSC02899.JPG


DSC02900.JPG


この仏像の重さは約2トンあるそうですが、2009年の
6月からわずか半年で完成しています。

日本においては、時代が平安時代になると、軽い木彫
りの仏像が主流になり、現存する奈良時代に造られた
塑像といえば、
法隆寺の金剛力士像や東大寺の日光菩薩・月光菩薩な
ど僅かになってしまいました。

そういう意味では、今回のこの仏像は、日本で失わ
れた古代文化を蘇らせるという意味で大変貴重な
造営、建立であったと思います。

1300年の時を経て蘇ったチベットの仏師による
希少な技術ですが、チベットは現在複雑な状況に置か
れているために、今後また日本にこのような仏像が造
られるかどうかは不明です。


DSC02901.JPG


この阿弥陀仏と周りの八菩薩像と天蓋画を含めれば、360
度の仏の世界が現されているわけで、これは、「立体マ
ンダラ」の世界ということになります。

この仏像の周囲に描かれた、八菩薩の壁画は、縦が1.5
メートル、横が1メートルで、チベットでもこれほど
の大きさは稀だと言うことです。

西方寺ホームページをご覧になりたい方は下記まで。

http://www.saihouji-nagano.com/

2011年08月23日


27日・スペース J (長野県岡谷市幸町)でしゃべくり


来たる27日(土)の午後6時より
岡谷市幸町のスペースJ(美容室Jの2階)
で、大きなスクリーンにて私の作品写真
の紹介をいたしますので是非お越しくだ
さい。・・400秒だけですが・・

・・・他にも多数の紹介者がいらっしゃ
るようですので、ご期待ください。

(ドリンク料1000円にてどなたでも
御来場いただけます)


%E7%89%A7%E9%87%8E%E9%82%B8%E6%B8%A1%E3%82%8A%E5%BB%8A%E4%B8%8B%E5%A4%96%E8%A6%B3.jpg


2011年08月24日


土建国家は嫌だ、低+中+高層住宅の組み合わせなら


東日本復興計画については緒論頻発しているが、
先にも申しあげたとおり、長屋形式の共同住宅
は推進してもいいのではないか。

気になるのは、原発を止める代わりにダムが増
えても困ると言うことだ。復興費に名を借りた
公共工事のバラマキ予算で、再び悪夢の「土建国家」
になるやも知れぬと言う危機感も否定できない
からだ。

水力発電も大きなダムでなく、もっと効率の良
い方法に頼る手もあるのではないか。環境を破壊
することなく緑を増やす手段が待ち望まれる。

長屋住宅は、低層とは限らず中層、高層取り混
ぜて緑化に気を付けながら建設したらどうか。

住みたい人は様々だから、いろいろな手法を駆使
して、夢と現実のバランスをとりながら、よく
検討してみたらどうだろう。

我々設計者としても、何らかの提案をしてみたい。

2011年08月25日


サンシュユ


庭のサンシュユも実が付いていました。
これから赤く色づくのでしょう。

葉も下から見上げればなかなか美しい。

実は、小鳥の餌にしたいのですが、放って
おいて虫のために木が坊主にならないよう、
虫との日々の戦いもあなどれない。

つまり消毒は厳禁で、虫を「つまみ出す」
しかない。

庭には毎日いろんな小鳥が来るし、鳩の巣
はあるし、初夏には小鳥が巣をかけるし、
蝉はミンミン、シャワシャワと最後のエネ
ルギーを発散させてるし・・毛虫の大敵の
アシナガバチの巣は沢山あるし・・

DSC02907.JPG


DSC02903.JPG

2011年08月26日


驚き!古着からバイオエタノール


着古したジーンズやシャツから燃料となる
バイオエタノールを生成する方法をあみ出した
高尾さんという人の新聞記事に注目した。

彼のあみ出した工法は、画期的で将来性がある。

つまり、原発や火力、水力といった莫大な事業費
を要する大規模な発電によらずとも、身近にある
廃棄衣類のエネルギー化に目を付けたところが驚
きだ。

高尾さんは、もしや将来エネルギー革命を起こす
やもしれぬベンチャー企業の代表者ではないかと
さえ思う。

菜種油などの植物燃料は、いったん大量消費に
さらされれば、天候不順などの影響で供給不足と
なって、その結果価格の高騰を引き起こしかねな
いし、ましてや他の農耕地のバランスを崩す可能
性も大いにある。

いわば食料が先か、燃料が先かという問題に突き
当たる訳で、農耕地の棲み分け、色分けが難しい。

だから、古着からバイオエタノールという着想
は、脱原発、脱化石エネルギーという観点からも
意義があり、我々が生きていくための環境への
影響も少ないのが嬉しい。

風力発電やソーラーパネルは落雷には弱いし、風
雨にも左右される。自然条件に頼るにしてもその
地につきまとうリスクというものがある。

これからはこういう体に優しい燃料確保が欠かせな
い。他の廃棄物の資源化にも目を向けるときだ。

古着や布団やタオルなどは年間200万トンが廃棄
されているという。これらをエネルギー源と出来る
なら、あらためて宝の山を探すまでもないし、人類
にとっても願ってもないことではないかと思う。


27日・岡谷市「スペースJ」にてプレゼンのご案内


あす27日(土)の午後7時前後に
岡谷市幸町のスペースJ(美容室Jの2階)
で、大きなスクリーンにて私の作品写真
の紹介をいたしますので是非お越しくだ
さい。・・400秒だけですが・・

・・・他にも多数の紹介者がいらっしゃ
るようですので、ご期待ください。

(ドリンク料1000円にてどなたでも
御来場いただけます)


%E2%96%A0%E9%A2%A8%E8%B6%8A%E5%B1%B1%E9%BA%93%E3%81%AE%E5%AE%B6%E8%A7%A3%E8%AA%AC.jpg

2011年08月29日


植松電機・植松努さんのお話(照光寺定期講演会)


考えてみるに、
我が国の先端技術は、その多くにおいてコス
ト削減のために
あるいは他の理由で海外に転出することを
余儀なくされている場合がある。

日本の誇るこれら従来の先端技術は、このまま
だと中国などの途上国に吸収されてしまうかもし
れない。

しかし、植松さんの会社のように、誰もが振り向
かなかった技術を確立したら
これは世界唯一の立派な先端技術になりうる。

北海道に生まれ育った植松さんは、父の経営
する自動車の修理工場
を手伝っていたが、当時の世の中において、
車の修理に代わって
部品のパーツ交換が主流となったために修理
という商売が成り立たなくなった。

彼は、ここで誰もやらない好きな技術分野に目を
付けた。

植松さんは、プラモデル作りやペーパークラフトが
好きで、流体力学にも興味があった。

ロケットが好きで糸川博士にも惹かれた。

またブラックジャックやガンダムや宇宙戦艦にも
興味があり、これらのマンガを夢中で読んだ。

こういう趣味が高じて、やがてはポリエチレンや
ポリプロピレンなどを燃料とするロケットエンジ
ンの開発に成功する。

最初は、失敗の連続だった、しかし、失敗は知恵を
呼び寄せ、そして確実に前進した。

世界は、このロケットエンジンの技術に注目しだし、
この技術、やがては宇宙開発における燃料革命を
もたらすやも知れない。

植松さんは、国ではやらない都市の実験にも取り組
んでいる。いわば完結型の町をつくる取り組みだ。

一昔前なら、農村においては自給自足が当たり前だ
った。そこに住み、作物を作り、互いに助け合って
生きていた。ところが、こういうものが失われるや、
残念なことに過疎化が進み、老人は孤立を深めるこ
とになった。

この自給自足の体制が壊れたのは、資本主義とグロ
ーバル化によるものなのかもしれない。

植松さんの技術開発や実験都市の取り組みに期待し
たい。そしてそのノウハウを未来に生かしてもらい
たいものだ。

植松さんのお話は、特に国を背負う若い世代の人達
にも聴いていただきたいお話でした。

2011年08月31日


野田さんに期待


雨の日も風の日も毎日街頭演説に立ったという
野田総理。

このような難題山積みの時に難しい舵取り
をしなければならないが、好むと好まざるに関
わらず、今こそこの国を救ってもらわなければ
ならない。

先日の天竜川の船下り事故ではないが、舵取り
を誤れば転覆。またまた前任総理の二の舞とな
るのはしばらく勘弁。

国の復興、増税問題、原発問題、少子高齢化
に年金問題・・

総理自ら「どじょうのように泥臭く」と言われ
るが、持ち前の粘りと采配でこういう荒波を越
えていってもらいたいと願う。

さらに議員の皆様には、足の引っ張り合いでは
なく、
将来を見越した各々の政策ビジョンを持ち寄って
もらい、十分な論議を重ねるような姿勢を構築し
て欲しい。

諸外国に恥ずかしいような政治は、もうこの辺で
棚上げにしようではありませんか。

困っている人を放ったらかしにして、茶番に時を
浪費する場合ではありません。

検索


About 2011年08月

2011年08月にブログ「建築家 笠原顕司 建築創作所」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2011年07月です。

次のアーカイブは2011年09月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34

Produced by. B'PRO Corporation