朝日新聞・ニッポン前へ提言論文最優秀賞を読む
ニッポン前へ提言論文最優秀賞を読んだ
朝日新聞・ニッポン前へ提言論文最優秀賞の佐藤さんは、水俣病を引き起こしたチッソ水俣工場のある水俣市に生まれたという。
高齢化と孤独死は、東日本大震災前からの日本の根源的な問題だが、地方ではこれに過疎化がからみ、地域の繋がりをもたらすコミュニケーションの弱体化も徐々に進みつつあったのではなかろうか。これは紛れもない事実であろう。
したがって、地方の農村の過疎化社会の行く末が、図らずも今回の大震災で前倒しになったという佐藤氏の論にもうなずける。
農村社会を再構築するという立場で考えるなら、あくまで自然の破壊力に抗して生きるか、或いは自然に逆らうことをやめ、今まで生きてきた小社会に別れを告げ、いっそ別の場所に安全社会を再構築するかというのも選択肢だ。しかし、未来ある世代には魅力であり理想であっても、よくよく考えてみれば過去を生きた高齢者には酷な話だ。
日本国中に視界を広げ、適当な空き家を見つけて移り住み、そこで地域の人々に溶け込んで再出発するかというような選択もたしかにある。しかし、これはこれでそれぞれに事情がからみ一筋縄ではいかないが、仮にもそこが過疎の進んだ地域ならば、若い人ほど歓迎されるだろう。
確かなことは、後世に再び辛苦をもたらすような地域社会のあり方には誰しもが賛成できないということ。そんなことをしたら子孫が可哀想というより国が滅びかねない。だから個々の思いや望郷の気持とはどこかで決別せざるをえないかも知れず、心の中では災禍はもうコリゴリだ、国の未来のためならという場面も想定される。
生まれた場所に見切りを付けるのは切ないが、いつまでも感傷にばかり浸っていたら先が見えない。放射能という人為を越えた魔物が降り注ぐ限り、そこに住まうことは難しいからだ。
今回の大震災のもたらしたものは、そこに住んでいた人々を支えた人も家も心も何もかもが失われたという現実。だから、震災と言うよりも戦争に匹敵するという氏の論理も分からないでもない。
私は学生時代を長野県の寮で過ごした。学生寮も社員寮も同じ様なものであろうが、幸いなことにどちらにもそれぞれの暮らしを尊重しながらコミュニケーションがとれる食堂やホールという共有空間があるのが救いだ。
これを拡大解釈し、多数の家族がこうした共同住宅に住むということで各々の身が守られ、いざという時には助けを求めることもできるという提案には賛成だ。そこには理屈では解決できない問題もあろうが、これからの復興ビジョンとしてはまんざらでもないような気がするからだ。

